この連休中、ほとんど引篭もりを決め込んでいて、本を読みつつ、音楽を聴きつつ、ギターを弾きつつ、まったりしきって、家族以外の人間と顔をあわせることすらなくて、これは意外と過去に例がない連休の過ごし方だった。
クリント・イーストウッドの映画を観にいくという案と、ブルーノートにキャンディーD+シーラEを観に行くという案がなんとなく自然に消えた。
正確には、連休中半日だけ仕事をしており、それは連休明けに備えて、いちばん古いサーバを引退させるという地味な仕事だったのだのだが、少しだけ切ない仕事になった。
選択肢として、古い環境を中途半端に残すというものもあったが、熟慮の末その選択肢はとらなかった。
偶然だが、旧環境の破棄を決定したとたん、「いちばん古いサーバ機」がハードウェア故障を起こした。それは断念のようにも見えたし、開放のようにも見えた。
忌野 清志郎氏の訃報を聞いた。
考えすぎなのはよくわかっているがやはり切ない。
クリント・イーストウッドの新作を仮に観ていたら、おそらくもっと切ないことになっていたと思う。
十数年ぶりに柄谷行人氏の著作を読んだ。「六十年代―七〇年代を検証するシリーズ(1)」・・・というものだが、これがプリンスの新作を聴く際の大きなバイアスになったことをこっそりと告白しておく。
個人的には、とてもわかりやすい連休を過ごすことになった。
連休が明けて仕事に戻れるのことが何故か嬉しい。基本的に私は怠け者です。
2009年05月07日
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結論から言いますと、切なくなるという点はとても正しい判断だと思います。
しかし、やはりクリント・イーストウッドはいいですね。
ラストまでに至るドラマが心温まると言いますか、それ故に結末があまりにも悲しかったです。
これは最高傑作なのではないでしょうか?
ダーティー・ハリーのオマージュも少しだけあったのも良かったです。
この人もいなくなったらとても寂しいです。
エンディングに流れるジェイミー・カラムとイーストウッドの楽曲を映画の後ですぐにiTMSで購入しましたが、これもまた素晴らしい楽曲に仕上がっています。
>これは最高傑作なのではないでしょうか?
おぉ、やっぱりそうなんですか?
私も次の週末には、ぜひ足を運ぼうと思います。
>エンディングに流れるジェイミー・カラムとイーストウッドの楽曲・・・
雑誌『ユリイカ』の今月号がクリント・イーストウッド特集を組んでいてその中に、「史上最強の老人の鼻歌」という題で、Cイーストウッドの「音楽」に関する記事があります。ちょっと面白いので、機会があったら、本屋さんで立ち読みでもしてみてください。
イーストウッド作品でC・パーカーの伝記映画『バード』がとても好きです。以前にこのBLOGで書いたこともありました。
あきらかに(JAZZへの)「愛情過多」な作品で、いかに優れたアーティストでも、愛情が深すぎると足元がふらついちゃうんだな・・・と思います。