2005年07月16日

Lovesexy と Black Album その1

プリンスの作品群は大きく80年代系と90年代(以降)系に分けることができると思う。
私は個人的に90年代系を好む。その理由を述べるのが(大袈裟に言えば)この記事のテーマだ。

80年代のプリンスには明らかな戦略があって(それは成功をおさめたからこそ「明らか」と言えるのだが)おそらくほとんどのプリンス・ファンはこの戦略を受け入れる側にいると思う。私自身がそれ(80年代系戦略)を受け入れないわけではないのだが、手短には説明できない「抵抗感」があることは否めない。
それに対して、90年代系のプリンスは、明確な戦略を最後まで打ち立てることができなかったように見受けられる。だから90年代のプリンスには混迷・混乱というイメージが付きまとう。例の記号化などという事件もそのことに拍車をかける結果となっている。
そして、80年代形と90年代系を明らかに分かつ境界線となっているのがLovesexy(以下LS)とBlack Album(以下BA)という二つの作品であると思う。
一般に「境界」は、実に多くのことを物語るものだ。だからこの二つの作品はプリンスというとてつもない『怪物』を理解するうえで欠かせないものであると私は考えている。プリンスの音楽を『裸』にするのにこれほど好都合なアルバムはない。何故なら、これらのアルバムでは、彼の肉体的な音楽性と精神的な音楽性、あるいはもっと平たく言うなら、音楽のボディとコンセプトをはっきりと読み取る――識別する――ことができる……と思う。


ファンの人たちには今更だが、リリースの経緯をおさらいしておくと……

まず87年12月にリリース予定だったBAが直前になってリリース中止。
BAは「幻のアルバム」としてほとんど公然とブートが出回る。
翌88年2月にLSがリリース。
BAは94年の12月に改めてオフィシャル・リリースされる。このリリースはおそらくワーナーとの離縁がらみでのリリースと思われる。

BAとLSは、ほぼ同時期に作られただけあって共通点は明らかだ。

……FUNKYであること

しかし、BAとLSの間には、わずか2ヶ月のスパンしかないにもかかわらず、大きな相違もまた存在する。LSには、既にして、プリンス90年代系のサウンドあるいはその萌芽が登場している。
対照的に、BAはサウンドに関する限り未だ80年代系に属している。ここで演じられるFUNKはとてもカッコイイにもかかわらず、そのサウンドははっきりいって陳腐である(これはあくまでプリンスのアルバムとしては、という意味で)。プリンスのアルバムのサウンドはどれをとっても「病的」なまでにゴージャスなのだがそれと比べるとBAには「手抜き」すら感じさせるものがある。

さて、80年代のプリンスには明確な戦略があったことを述べたが、それはおそらくアルバム“1999”あたりでほぼ確立している。この戦略を「商業的な戦略」と読みかえてもらってもかまわない。それは、乱暴に言ってしまうならば、
80年代というテクノロジー的虚構(ヴァーチャル)の時代に相応しい、無機的な、近未来的な、中性的な、全く新しいセックス・シンボルが演じる新世代(New Power Generation)のサイケデリック・ミュージック、新世代のソウル・ミュージック(New Power Soul)を確立すること

ではなかったか……
この戦略に対してのプリンスの態度は、異様なまでに執着的であった。それは、サウンドはもとよりグルーブ、歌詞、デザイン全般、ルックス(衣装・メイク)、ステージでの立ち振る舞いにいたるまで首尾一貫して徹底的であったと思う。しかも、これら全てを彼がたった一人でやってのけた、ということが怪物の怪物たる所以の一つでもある。
裏を返せば、80年代当時、成功の波に乗る時期のプリンスは、ジミ・ヘンドリックスの再来と呼ばれたり、リック・ジェイムスと比較されたりしていた。つまり、彼は、ブラック・ロックの新しいシンボルとして自らを位置づけるために強い差別化を必要としており、そしてその差別化を(たった一人で)見事にやってのけたのだ。
まず、凡庸なファンク・ミュージックを演じるブラック・スターとはっきり差別化されなければならない。
次に、あきらかな軟弱化・凡庸化が進行していた当時のロックとの差別化も必要だった。
さらには、テクノロジに弄ばれる音楽が主流となり、感性がテクノロジに依存するような時代の中で、あくまでも感性がテクノロジを支配する音楽であること。これが最も本質的な、つまり音楽的な差別化であったのではないか。

80年代戦略において、プリンスは自らの音楽を「過剰」と言っていいほどにコントロール=制御=抑制している。それを抑制と呼ぶならば、プリンスの音楽は極めて禁欲的であったといえる。
ところで、「表現」は、それが広くアーティスティックなものであるかぎりにおいて「発散」ではなく、むしろ「抑制」である。抑制のないところには表現もまた存在し得ない。アーティストの表現に対する強い欲求は、(結果的にだが)同等に強い抑制として、作品の中にその痕跡をとどめるものだ。

プリンスの音楽について、ひとつ、わかりやすい例を挙げることができる。
FUNKというスタイルは、腰の据わったドラム・ビートにいかしたベース・ラインを載せただけで、もう7〜8割ができあがってしまう。このドラムとベースがひねり出すグルーブの持つ、プリミティブであるが故の呪術的な魅力は、聴くものを捉えたが最後決して離さない。
アーティストがFUNKを演るとき、聴くものが踊りだすのはご機嫌なことだが、踊り狂われてしまってはたまらない。アーティストがFUNKを演るときのメッセージは次のようなものだ。

「気分よく踊ってくれよ。かまわないぜ。でも、そのかわり俺のサウンドをしっかり聴いてくれよな。すみずみまで、あますところなく」

これは、難しい注文である。しかし、プリンスは、少なくとも80年代系に関しては、この注文を聴き手に科すために恐るべきサウンド・コントロールの努力をしている。穿った見方をするなら、80年代系のプリンス・サウンドは、隠れたところで聴き手に「命令」を下しているかのように感じられることさえあるのだ。
80年代系プリンスのサウンドは、常に心地よいグルーブを持っている、しかし、それはある閾線を決して超えることがないように慎重に制御されている。つまり、グルーブだけが作品から離れて一人歩きするような事態をプリンスは徹底的に排除しようとしている。だから、ディープなFUNKマニアには常にグルーブが少しだけ物足りない。
まるで、チラリズムである。見えそうで見えない……。斬新な刺激とその「わかりやすさ」の代償として、聴き手は恒常的な欲求不満を強いられているかのようだ。
考えてみればアーティスティックなFUNKというスタイルそのものが、無謀に近いほど実現困難なのかもしれない。それでもプリンスはこの無謀をやってのけるのだ。もちろん、この無謀に挑戦するに際して、二人の巨大な先人の導きがあったことは指摘するまでもないと思う。

Miles Daves, Jimi Hendrix...

最もわかりやすい例としてグルーブを挙げた。もちろん、プリンスの戦略的コントロールはグルーブにつきるものではない。先にも述べたように、80年代系サウンドには全てをコントロールしようという動機が満ちている。
全てを表現しつくそうという意欲、あるいは、全てを表現できるという自信のもと、その音楽表現はかつて例を見ないような法外な(?)コントロールの下にある。ここでデジタル・テクノロジーが一役買っていることは付け加えても無駄ではないだろう。

ともかくもプリンスの80年代戦略は成功をおさめた。商業的には"Purple Rain"、音楽的には"Sign 'O' The Time"にそのピークを見るというのが一般的な評価だろう。こうした一般的な評価にとくに反対はしない。だが、プリンスの戦略家としてではなく音楽家としての本格的な活動はこの成功の後で始まるのだ。成功は出発点に過ぎない。
出発点にあって、彼がやってのけたこと、それは、破壊だ。時間をかけて丹念に作り上げてきた様式、方法論を惜しげもなくぶち壊すこと。それがBAとLSでプリンスがやってのけたことである。それは、次のステップ、音楽家としての、、それもブラック・ミュージシャンとしての本当の仕事のための準備として執り行われたように思われてならない。それは、戦略の結果としてではなく真の愛情を勝ち得るための闘争であって、それはまた、デューク・エリントンになるための試練でもあった。
BAとLSの破壊行為の中に、私はプリンスの素顔が垣間見える気がしてならない。あるいは虚飾をとり払った裸の才能が見えるのかもしれない。

続く
posted by BustaCat at 02:11| Comment(0) | TrackBack(0) | プリンス Prince | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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