2005年09月05日

Innovation 〜 Passtime Paradice

何時頃のことだったのかすっかり失念してしまったのですが。
渋谷陽一さんが、彼のFM番組でスティービー・ワンダーのキー・オブ・ライフに収められている Passtime Paradice を絶賛していたのを印象的に覚えています。
今にして思えば、あの2枚組みモンスター・アルバムを前にして Passtime Paradice を持ち上げることころが、いかにも彼らしいと思います。

キーワードは Innovation です。
この言葉の本来のニュアンスは、near EQ "Novelty"で、真新しさ、斬新さです。
でも批評の文脈でイノベーションというとき、革新性、進歩性というニュアンスが含まれているはずです。Progression ですね。

評価すべきは革新性。おそらく、そうした価値観でいうプリンスの最高作は、Around The World〜と Parade になるのだと思います。
最初に言っておくと、私はこれを必ずしも否定しません。
事実、 Passtime Paradice という曲には何度も涙しましたし、Around The World〜と Paradeという作品を、私は溺愛してます。

しかし、まず素朴な疑問として、音楽の価値のモノサシの中で革新性が筆頭にくるのでしょうか??

そして、これは憶測なのですが、評論家が Around The World〜と Parade を高く評価するとき、革新性を言うことで、評論家としての安直な場所に逃避している、ということはないでしょうか?
評論家が革新性を価値のモノサシにして、革新性を見つけて、それでオシマイというのは、あまりに安直です。

音の洪水の中に斬新性を発見することは、確かに音楽評論家の重要な仕事です。というより、それができなければ音楽評論家はなりたちません。つまり、それは音楽評論家の基本的な資質です。

しかし、それでおわりじゃ批評とはいえません!

一言添えておくと、文学批評、映画批評、美術批評ではとっくにかたづいている初歩的な問題を、音楽批評はかたずけることができずにいます。音楽批評は何故かナイーブ過ぎます。
理由は、音楽の特殊性なのかもしれません。それは、批評家がアーティストの宗教的信者になってしまうことのせいであるような気がします。その意味で、ロックにおいてひじょうに悪い影響を与えているのが、あのウッドストックです。

単なる皮肉ですが、全ての音楽は Innovative 〜 いつも新しいのです。

何故なら
When you hear music, after it's over, it's gone in the air.
You can never capture it again.
Eric Dolphy (1928-1964)
これが全ての音楽を考える上での原点です。

付記
私は渋谷陽一さんを批判するつもりはありません。前にも書きましたが、昔は彼に批判的でしたが、今は、尊敬しかつ感謝しています。
私が批判したいのは、巷に蔓延する渋谷陽一な批評です。あるいは渋谷陽一もどきの批評。
posted by BustaCat at 00:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽の戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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