2005年09月06日

1999の謎(続き)

前の記事の続きです。

プリンスのアルバム『1999』のリリースは1982年。この当時1999年というのはずっと未来だったのに、今や過去……。溜息。
「近未来感」というのは、この当時の時代を示すキーワードかもしれない。ややこじつけめくが、映画『ブレードランナー』が公開されたのもたしかこの年。アルバム『1999』を聴くと、私はブレードランナーをすぐに連想してしまう。温もりを微かに秘めた無機質さ、とでもいうのか。アンドロイドの音楽、とでもいうのか。
Controversy からの延長線と捉えてしまえば、すんなりと通ってしまうが、1999におけるグルーブ感を「圧殺」したかのようなサウンドは、今聴いても病的だし、当時においては著しいインパクトを持っていた。
アルバム全体を濃密な統一感が支配している。その統一感はある種の緊張感を生み出している。アンドロイドが支配するサウンドの中、生身の人間がつけいるスキがない。

にもかかわらず"Lady Cab Driver"という曲が収めれられている。
この曲のナチュラルなビート感、心地よいFUNKグルーブは、アルバムの中で異彩を放つ……どころの騒ぎではない。突然混入してくる、全くの別世界だ。
この凄まじい違和感は形容に困るような代物。モノクロの写真の一部を極彩色で塗りつぶしたような奇妙な感覚。
この一瞬の別空間によって、アルバム全体の統一感が逆に際立つ。そして、このたった一曲だけのナチュラル・ファンクがあまりにも強い印象を残す。
……そういう計算だったのだろうか??

このアルバムの数年後になって、またしてもYMOの細野晴臣が『Sex, Energy and Star』というアルバムをリリースしている。これはまさにブレードランナーのようなアルバムだった。細野氏はこのアルバムの終端で、ジェームス・ブラウン御大をわざわざ引っ張り出して"Get Up(Sex Machine)"を録音している。FUNKの歴史の中で最も奇怪なSEX MACHINEだった。私は、この引き攣ったようないような異様なSEX MACHINEを結構気に入っていた。丁度、Scritti Politty が、アレサ・フランクリンに捧ぐアルバムで一世を風靡していた頃だと記憶している。

プリンスは、いつも時代に寄り添っている。時として時代を先行するようにもみえるが、実際には常に時代の中心にいた。
しかし、流行に敏感なイノベーターとしてのみ彼を評価することはできない。そうすると彼の重要な側面を見逃してしまう。
単に流行に敏感なだけの音楽の寿命は、せいぜい10年。
しかしプリンスの80年代サウンドは、今現在も色褪せていない。それは何故なのか、そこを捉えないと、彼を見失うことになると、私は思う。
【追記】
読み返すと、論旨が逆説めいていて非常にわかり辛いですね。
こりゃ悪い文章の典型だ(笑
後日、フォロー、整理します。
おやすみなさい。

posted by BustaCat at 23:44| Comment(0) | TrackBack(1) | プリンス Prince | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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プリンス 5
Excerpt: NO.00147 プリンス5枚目のオリジナル・アルバム『1999』 (1982年) このアルバムは、プリンスが初めて“大ヒット”と呼べる程の成功を収めたアルバムです。 時代を先取りし過..
Weblog: まい・ふぇいばりっと・あるばむ
Tracked: 2010-10-05 12:22
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