2008年03月09日

消えた名盤100

Music Magazine 3月号の特集が『消えた名盤100』でした。その趣旨は「昔は名盤ガイドの常連だったのに今は語られなくなったアルバムにもう一度光をあてよう」というものです。
100枚全部懐かしい!というのはおいといて、その中から個人的なピックアップをしてみました。
名盤と迷盤が玉石混交です。

■ は所有のアルバム
□ は借り物でダビング
× はほとんど聴いていない・・・のに印象が深い(笑

□ Steppenwolf 『ワイルドで行こう』 1969
“Born To Be Wild” ただ一発、しかも後追いです。すいません。

□ Delaney & Bonnie “Accept No Substitutete” 『オリジナル・デラニー&ボニー』 1969
和久井光司さんのコメントがあまりにツボだったので全文引用します。
ブラコン以降“白っぽい黒人音楽”の天下だから、こういう"黒い白人"は部が悪い。「だったらアレサとか聴くもん」というのも正論だけれど、おかげでいまの若者たちは音楽の微妙な差異がわからなくなってしまっている。ロック・ファンは昔からクラプトン入り『オン・ツアー』っていうのも悲しいが、黒人音楽ファンがここにこないのは六本木でブラザーと遊んでる姉チャンと同じ理由で黒人を好むから。R&Bからソウルが生まれたのはロックンロールがあってのこと。スワンプロックをなめんなよ。
Music Magazine 2008年3月号 P31 和久井光司

私はお約束のクラプトン入り『オン・ツアー』派です。すいません。

■ “Blood Sweat and Tears” 『知と汗と涙』 1969
■ “The Live Adventures of Mike Bloomfield and Al Cooper” 『フィルモアの奇跡』 1969
この2枚は以前に紹介したことがありました。これが忘れられるというのは納得できません。
前者は、やや遅れのリアルタイム、後者はかなりの後追いで聴きました。

■ Chicago 『シカゴと23の誓い』 1970
これ確か2ndアルバムだったと思います。小学生の時、BS&Tと並んで好きでした。これが忘れられてしまうのは、よくわかります、その後のAOR路線がひじょうに拙かったですね。
当時2枚組みLPで3600円したと思います。小学生には相当に決断のいる出費です(笑

■ Creedence Clearwater Revival “Cosmos Factory:” 1970
CCRが忘れられるのは悲しいです。70年当時は小学生でシングル盤を多数持ってました。アルバムを買ったのは中学生になってからです。Creedenceという単語が辞書に載っていないので悩みました.Credenceのことだと思いますが、祭器卓−聖水−復活という並びなんですね、多分。
ラジオでCCRが流れない日はなかったし街角でもよく耳にした。この当時の空気を一番よく思い出させてくれるのがこのバンドです。
乾いたロックンロールが、アメリカの空気を伝えてくれました。歌詞では、当時のアメリカの荒んだ空気も忍ばせていたものです。

■ Santana “Abraxas” 『天の守護神』 1970
Santanaという人はキャリアを通してどうも軸足が定まらないところがあってそれが災いしてるように思います。このセカンドアルバムよりデビュー作とVの方がずっとよいと思うのですが、一番売れたのはこれですね。
特にVは、Tower Of Powerを知るきっかけとなりました。
因みに90年代のSantanaは、元Tower Of PowerのChester Tompsonを中心に意外とまともなことやっていました。でも"Super Natural"で全て水泡に帰した気がします。

× Chase 『追跡』 1971
これは笑えます。完全な一発屋です。トランペット4本という無茶な編成とマッチョなアレンジが懐かしいです。「黒い炎」という曲だけが、ものすごい勢いで流行りました。カッコよかったけどね。

□ Emerson Lake and Palmer “Pictures At An Exhibition” 『展覧会の絵』 1971
高校生の時、美容院で髪を切るときに、「こういう風にしてくれ」って、キースエマーソンの写真を持っていきました。それだけです。すいません。
プログレ系特有の大仰さがそれほど鼻につかなくて、ロックとして意外にストレートなサウンドであったことが人気の原因でしょうか。

×Moody Blues “Every Good Boy Deserves Favour” 『童夢』 1971
中学生のとき、
「こんどバンドでブルースやるんだ」、
「何やるの?」、
「ムーディーブルース」
「ワハハ」
というバカな冗談が流行りました。すいません、それだけです。

■ Mountain “3” 1971
CREAMのプロデューサーだったフェリックス・パパラルディが作ったバンドで、当時はCREAMをさらに進化させたアート・ロック、みたいな売りだったと記憶してます。なんとなく知的で文学的な匂いのするバンドで、インテリ趣味みたいな部分でいま一つ盛り上がらないまま忘れられてしまいましたね。
あ、それでも、Imaginary Western は、名曲として残っているのかもしれません。確かジャック・ブルースの曲だったと記憶してますが。

□ Uraih Heep “Look At Yourself” 『対自核』 1971
日本語タイトルが無茶苦茶です。この頃、真面目なアルバムなのにネタ系の邦題つけられて売れなくなったアルバムもあったような気が・・・。マガジンの解説にも載っていますが、ほとんど同じ路線のDeep Purpleに完全に食われてしまいました。ウェットで重厚なサウンドは極めて日本人向きなのですが、Deep Purpleとどうしてもかぶります。
ベースの人(名前忘れた)がすごく(ルックス)がカッコよかったのだけど、ステージで事故死してしまったというのが印象に残ってます。

■ Johnny Winter “Live” 1971
このアルバムは自分としては絶対に忘れられません。ただし、リアルタイムではなく後追いです。文字通り擦り切れんばかりに聴きました。実際、10代の頃の私のギターというのは、Johnny Winterスタイルに一番似ていたと思います。「おぉ、Johnny Winterみたいだ・・・」って言われて、にやにやしていたのを思い出します。
後にStevie Ray Vaughanが出てきた時によく引き合いに出されました。実際、Ray VaughanのDouble Trouble とJohnny Winterバンドのベーシストは同一人物(Tommy Shannon)です。

□ Leon Russele “Carny” 1972
中学生のとき来日公演があって、おそらくこのアルバムの後くらいだと思います、バンド仲間が武道館に観にいきました。今思うと、生意気だっつうの、アイツ(笑

■ Rory Gallagher “Live!” 1972
この人は自分のバンド仲間内ですごく人気ありました。使っているギターが、確か、バディ・ガイから譲り受けたというプレミアもののStratocasterで、塗装ハゲハゲのストラトが本当にかっこよかった。
一言でいうと「愚直」なブルースロックで、どうしても憎めない。今聴いても多分同じ印象を受けると思います。

× Wishbone Ash “Argus” 1972
これは笑えます。日本で流行ったのは結構後追いではないかと記憶してます。当時、どっかの学園祭に行くと必ず演ってるバンドがいました。アマチュアバンドが真似するには格好のバンドでした。
決して悪いバンドというわけではありません。ナイーブかつ生真面目なロックでした。今でも活動しているというのは、今回知りました。

■ Doobie Brothers “The Captain And Me” 1973
このアルバムをロック史から消してしまうのはないでしょう。意味わかりません。代わりにAOR時代の Doobies が残るんでしょうか??

■ Orleans 1973
このアルバムは先輩(ギターの師匠)の強いお奨めで聴きました。今聴くとベタな西海岸サウンドじゃん、て気がするのですが、当時はかなり先取り系だったんです。

□ Grand Funk “American Band” 1973
ギタリストのCHAR氏が、「今だから言うけどGFR大好きだったのに、昔は恥ずかしくて言えなかった」という意味のことをラジオで語っていて、この一言がすべてを物語ってます。
でも”American Band”については、「やればできるじゃん」って好感を持っていました。

□ Bad Company 1974
前身のFREEが男臭いロック=カッコよさの極みだったのに、Bad Co’ は何故かひたすらミーハー扱いでした。当時の生意気なロック少女の御用達といえば、QueenとBad Co’だったす。ポール・ロジャースが日本のテレビドラマの主題歌を歌ったりしたことも災いして、FREEの時のカリスマ性が薄まってしまったような気がします。

■ Edger Winter “Shook Treatment” 1974
当時から完全にB級扱いでした(笑 
でも、実はそんなにバカにした内容ではなかったように思います。少なくともアマチュアバンドの勉強ネタとして充実していた。

■ Robin Trower “Live” 1976
ジミ・ヘンドリックスの再来というキャッチが災いしました。「再来」とか言われてしまうと比較せざるを得ませんから。でもいいギタリストでしたし、よくコピーしました。でも、フレーズは覚えているのだけれどアルバムの印象が薄い・・・。
posted by BustaCat at 01:00| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
面白い企画ですね。
読むと恐らく散財が止まらなくなりそうです。
小学生の頃にシカゴのセカンドアルバム購入とはなんと早熟なのでしょうか?(それともそういう時代だったのですか?)
ちょっと路線が違うのかもしれませんが、最近、こんな映像を人づてに教えて頂きましたのでご紹介します。
http://jp.youtube.com/watch?v=zCOvaEB2zs4&feature=related

ロバート・ジョンソンを聴いてアンビエント・ミュージックだと感じてしまった自分にはまだまだブルースは時期尚早のジャンルなのですが、逆に楽しみがまだたくさん残されているジャンルでもあります。
Posted by PRINCE_CONTROL at 2008年03月09日 05:17
バスタキャットさん、ご復帰おめでとうございます。冬眠中のマスコミAです。(ぜんぜん更新してません)

バスタキャットさんのお休み中の大事件といえば、ARETHAの未発表ライブがRHINOから
リリースされたことでしょうか・・・
AMAZING GRACEのツアーメンバーでのライブ
ですから、当然、コーネル・デュプリーも参加してます。フューチャー度高いですよ。

コーネル・デュプリー、また来日します。
六本木のビルボード東京だそうです。
バスタキャットさんは行かれます?

これからも楽しい文章、期待してます。
Posted by マスコミA at 2008年03月09日 17:35
マスコミAさん。お久しぶりです。
コメントありがとうございます。
アレサの未発表ライブ、某ニューズレターで知ってました。
コーネル来日はオクターブさんが教えてくれました。
そそられるのですが、ウィークデイにライブ観にいくのは、正直ほんとにしんどいです。
コーネルの場合、誘う相手が周りにいない、というのも残念というか、辛いんですね・・・

Posted by BustaCat at 2008年03月09日 23:12
PRINCE_CONTROLさん。
>それともそういう時代だったのですか?

そういう時代だったんです(笑
理由は単純で、今みたいにJ-POPなどという洒落たものはなかったので、日本語の歌詞をとるか、かっこいいサウンドをとるかの二者択一を迫られる時代だったわけです。

それにしても、どうやって、アール・フッカーとかにたどり着くんですか(笑
ジミ・ヘンドリックスから?

私はいくら歳をとっても、Bluesについて語るのは、未だに、怖いです。

Posted by BustaCat at 2008年03月09日 23:19
今月号はまだ見て無かったのですが
かなり面白そうな企画ですね。
ドゥービーやジョニー・ウィンターが消されるとは
なんとも寂しい限り。。。
明日にでも本屋へ行って確認してみます。

Posted by ジャック at 2008年03月10日 00:14
ジャックさん。
コメントありがとうございます。
>ドゥービーやジョニー・ウィンター・・・
同調者がいると嬉しいです。

マガジン本誌では萩原×湯浅 両氏がこの100選について対談してますが、言えてる、言えてる、と溜飲を下げました。
Posted by BustaCat at 2008年03月10日 01:44
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