2006年11月19日

Message From Nine To The Universe/ Jimi Hendrix

nineToTheUniverse.jpg

Jimiの69年のスタジオ・セッション集。
"Nine To The Universe"として80年にLPがリリースされ、それはCD化されていなかった。今回のリリースは80年のリリースに5曲のボーナス・トラックを加えたもの。
因みに80年リリースのアルバムも、そのブートも私は持っていなかったので、この音源をはじめて聴くことになる。

結論から書くと、久々にワクワクさせられるJimiを聴く事ができた。

とにかく、注目すべきはLarry Young がorganで参加したtracks 3,4につきる。
Larry Youngは、マイルスの"Bitches Brew"に参加しているキーボードプレイヤー。The Tony Williams のLifetimeにJohn McLaughlinとともに参加しているし、Lifetimeには、Jack Bluesも参加している。
とにかく、ここで、Larry YoungにインスパイアされるJimiのプレイが凄い。晩年のライブではほとんど聴く事ができなかった類の可能性を感じさせてくれる。
それは"Jazz"的なアプローチというような簡単な表現で済ますことができないもので、Jimi独自のユニークなJazz/Rockスタイルとしか言いようがない。
結局のところ、晩年のJimiの可能性は、ロック・トリオの限界をはるかに超えるものであっった事は確かで、必然、Jazzプレイヤー達の力を必要としていたことは間違いないように思われる。

01. Nine To The Universe (8:48)
02. Jimi/Jimmy Jam (8:01)
03. Young/Hendrix Jam (10:26)
04. Easy Blues (4:17)
05. Drone Blues (6:18)

06. Midnight Lightning Jam (11:58)
07. Highway Of Broken Dreams (14:16)
08. Lonely Avenue Jam (2:48)
09. Lover Man (4:13)
10. Trying To Be (7:15)

ライナーによれば、80年リリースのLPに収められたものは、アラン・ダグラスによるEdited Versionであって、今回のリリースは、無編集?のRaw Materialが提供された、ということになっている。確かにあからさまな編集の痕跡はなく、しかもサウンド・クオリティは非常に高いし、それ以前にJimiの演奏内容は驚くほど充実している。

そもそも、今回のリリースとほぼ同じ内容とおぼしきブートCDが既に出回っていた模様。また、トラック1,2,4,5は、ばらばらにブートLPが流出していたらしい。

セッションの参加メンバーは、ライナー記載によれば
Jimi Hendrix - guitar/vocal (all tracks)
Billy Cox - bass (all tracks)
Dave Holland - bass (tracks 2,4,6,7)
Buddy Miles - drums (tracks 1,2,8,9,10)
Mitch Mitchell - drums (tracks 3,4,5,6,7)
Jim McCartey - guitar (track 5)
Larry Young - organ (tracks 3,4)
Larry Lee - guitar (track 10)
Juma Sultan - percussion (track 10)

ということになっているが、drumについてはかなり疑わしい。
Jim McCarteyは、track5だけではなく2にも参加している。
特にtrack6-10の音源の素性はよくわからず、メンバーの記載も怪しい。
資料によれば、track4のEasy Bluesは、ニューヨークのHit Factoryスタジオ、trak1,2,3,5は、同じくニューヨークのRecord Plantスタジオで録音されたことになっている。

正直track6-10は、クオリティも落ちるし、なくてもよかったのではないか。
個人的には"Easy Blues"1曲だけでも3000円払う価値があったと思っている。

posted by BustaCat at 23:39| Comment(5) | TrackBack(1) | ジミ・ヘンドリクス REVIEW | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月01日

世界3大ドラマー

村上ポンタ曰く
「世界3大ドラマーと言えば・・・
チャーリー・ワッツ、
リンゴ・スター、
森高千里でしょう」
異論は全くないですね(笑

なんで突然ドラマーの話かというと、いつもお邪魔する複数のBLOGでデニス・チェンバース(以下デニチェン)が話題になっていたからです。ナイアシンのドラマーとして来日していたんですね。感想は概ね「すげ〜っ」といった類のものでした。
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2006年10月22日

1978年

 いろいろ考えた末(本当は単なる思い付き)でPrinceの初期アルバムをまとめてレビューしようと思い立った・・・が、まだ、書いてない。それで、その書き出しは「Princeには『異端児』というイメージが付きまとうが、そのデビュー時には、異端どころか時代のど真ん中に位置する、しかも優等生だった・・・」ってな感じにしようと思っていた。

 Princeのデビューは1978年。というわけでこの1978年という年を、いい加減な記憶で書くだけではなくて、ちょっとだけ実証的に(←そんな大げさなもんではない)調べてみようと思いたった。
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2006年10月20日

Scritti Politti あるいはアリフ・マーディン

scr_poli.jpg

Music Magagine10月号の特集が"Scritti Politti"だった。これは、今年8月の彼らの初来日を受けてのもの。
以前にも記事を書いたことがあるのだが、"Scritti Politti"は80年代の大事件だった。事件性(笑)ということでいえば、Princeをも上回っていたかもしれない。それくらいに当時としては、斬新で衝撃的なサウンドだったのだ。
MM最新号の紙面でも取り上げられているが、中村とうようさんは10点満点の絶賛だったし、ピーター・バラカン氏も大プッシュしていたのを覚えている。マイルスが"Perfect Way"をカバーし、さらに『Provision』に客演したあたりで評価はゆるぎないものになったと思う。
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2006年10月16日

いろいろ

■EC公演
友人がチケットの手配を引き受けてくれたので、多分70%くらいの確率(天気予報みたいだけど)でEC公演にいくと思う。行くとすれば4人連れかな。全員昔のバンド仲間。
今回の公演については
「リズム・セクションいいし、EC御大絶好調みたいだし、Derekも楽しみだし・・・いいステージが観られると思うよ」という内容のことを(友人たちに)言ってしまったので責任が重い。私の面子がつぶれない公演を望むのだ(笑。

■Derek Trucks
この人の評価は私の中では全く定まっていない。まだ1枚のアルバムも聴いていないし当然か。
彼のギターはYouTubeで4曲ほど聴いた(観た)。感想としては「驚いた」。最早我々の世代にはついて行けない新世代、という印象もある。
「驚き」の内容は、彼のスタイルがあまりにも完成度の高いレプリカであることにつきる。実際YouTubeには、在りし日のデュエイン・オールマンのライブ映像もあるので、並べて聴いてみたのだが、恐るべしは聴きおとりしない。彼が79年生まれということを考えると、驚かないわけにいかない。
問題は、レプリカはどんなに優れていようともオリジナルを超えられない、ということなので、彼のオリジナリティは如何にあるのか、というところにどうしても注目したくなる。
一般的な、彼のオリジナリティに関する評価は賛否両論あるようなので、EC公演では、この眼で(耳で)じっくり確認したいですね。

■自主制作CD
去年からこのBLOGでも何回か話題にしたけど、友人の自主制作CD、前12曲がようやくミックスダウンの運びとなった。
私が参加したのは2曲なんだけど、いや、苦労しました、本当に。12曲のうち8曲はプロがアレンジと音造りをやっていて、残りの4曲を、私と、自主制作主催者の息子、以前紹介した「ドラむすこ」がアレンジ、私はギター、そしてドラ息子は当然ドラムを演ってます。
ちょっと気恥ずかしいのだけれど「プロがなんぼのもんじゃい」という対抗意識で望んだのは確かです(笑
でも結局「プロ」にかなわないのは、引き出しの中身の量と仕事の速さなんですね。これはまぁあたりまえのことかもしれません。いずれにせよ今週末にはラフミックスが聴けるそうです。たのしみ。

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2006年10月12日

D'AngeloとEric Clapton

YouTubeネタです。
しかもEC繋がりね。

David Sanborn バンドのセッション、David Sanborn & Friends にD'Angeloが参加してます。

[ユーチューブ]/watch?v=DMb8BhCXNs4

問題は、"Friends"の方なんですけど、
ベースがマーカス・ミラーにギターがECです。
ECは短いですけど、いいソロ弾いてます。なんていうかオヤジのソロはこう弾け!みたいなソロですね。

D'Angeloの方は、と言えば、ネクタイ締めてるし(笑)、これはオジさんたちへのリスペクトか?

この映像、David Sanborn Super Session2として発売されていたらしいのですが、今現在入手困難ということで、いろいろと探してる最中です。

しかし、この、世代と歴史を縦断、ジャンルを横断したセッションはたまらなくイイです。なんというのか、『今』の音楽の共通分母という気がするんですが・・・如何でしょう?

とにかくとても心地よいです。

ところで、YouTubeがGoogleに買収されましたが、業界内外で「本当にいいのかよぉ〜」という疑いの声があがっております。YouTubeって面白いけど、事業としては非常にリスキーということなんですけど。
どーなんでしょうね。
posted by BustaCat at 01:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月08日

そしてECがやってくる

Eric Claptonの初来日公演のときのことを思い出す。高校生だった。そのときの異様な興奮を昨日のことのように覚えてはいるのだが、肝心の演奏内容は全く覚えていない。たぶん興奮しすぎだったのだろう。ラストナンバー(アンコール?)がLaylaだったのは確かだが・・・
あれから30年。ECがまたまたニッポンにやって来る。今度のメンバーはちょっとスゴイ。ギタリスト3人などと妙に気合が入っている。

コンビニで買い物をしていたら、雑誌棚にECとJimiの姿を発見。なにかと思ったら、月刊プレイボーイ誌の『史上最高のギタリストは誰だ?』というと特集だった。
くだらねぇ〜と思いつつ買ってしまう。プレイボーイ誌を買うのは『モータウン特集』以来だが、プレイボーイは音楽雑誌じゃないっていうの。

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posted by BustaCat at 01:50| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月18日

Jimi Hendrix 命日

busta_r4.jpg

 9月18日はJimi Hendrixの命日です。
 資料によれば、1970年9月18日 ロンドン、サマルカンド・ホテルにて昏睡状態になり、病院に運ばれる途中、死亡。死因は(急性)睡眠薬中毒による嘔吐物を喉に詰まらせことによる窒息死。ということになってます。それ以上の真相は知られておらず、あるいは憶測の域を出るものではなく、したがってもう誰にもわからないことになっています。
 死因についてこれ以上の詮索をすることに意味はなく、詮索はファンとして不愉快である、との意見があり、基本的にはこれに同意します。

 それでも少しだけ書いておきたいことがあります。

 その日のJimiは、前日にワインを多量に飲んだ後に睡眠薬を医師の処方よりも大量に摂取していました。現在と違って、当時の睡眠薬は非常に危険な薬物であり、特にアルコールとの併用はある意味自殺行為であったことは事実です。しかし、処方を超えていたとはいえ睡眠薬の量は決して致死量に達していなかったこと、嘔吐物を詰まらせてから処置を受けるまでに不要に多くの時間を費やしてしまったことは確かのようです。つまり嘔吐物を詰まらせた時点から数十分程度の間に適切な医療処置を受けていれば、助かったことは間違いないであろうということです。
 以上は、ハリー・シャビロンとシーザー・グレビークによるJimi Hendrixの伝記『エレクトリック・ジプシー』の記述を信頼するという前提での話です。

 何故医療処置を受けるまでに、不要に多くの時間を費やしてしまったのかは憶測の域に属することなので書きません。

 ただ、当時の、特にJazz Musicianの多くがそうであったように、ドラッグに体を冒され、言わば自業自得のようにして亡くなったのではなく、あくまで『不注意による事故』で亡くなったのだという事は明記したいと思います。Jimi Hendrixがドラッグ漬けで、救いようのないジャンキーであった、という類のよく見かける記述は間違いであるとほぼ断言できます。
 亡くなる直前の彼は、ドラッグに溺れる自暴自棄の生活を送っていたわけではなく、それどころか、自らの新しい音楽のアイデアを実現すべく積極的に活動していたこと。ハードなスケジュールによって過度の疲労を背負い込んでいたことは事実としても、少なくともアーティストとして極めてポジティブな状況にあったことも明記しておきたいのです。これらのことは、オフィシャル・サイトに掲載されている、Jimiの最期のインタビューを読めば明らかであると思います。
 ご存知のように彼はサクセス・ストーリーを進行中だったのであり、アーティストとして極めて恵まれた状況にあり、それだからこそ、36年前の不幸な事故は、今更のように、毎年のように悔やまれるのです。
 彼が現実の音として遺したものは、その巨大な才能のほんの一部でしかないことを、私たちはみな知りすぎるほどによく知っているからです。

2006年09月10日

9月

明日で9・11から5年が経つ。
この日ほどJimi Hendrix の”The Star Spangled Banner”が響く日はない。
Jimiの命日が1週間後の9月18日、ということも偶然とはいえ印象的に感じる。

あの日の衝撃で世間が大騒ぎしていたとき、勤め先のビルに入っている小さな医院の看板に”No War”という小さなシールが貼られた。そのシールは今でもそのままになっている。

だいぶ以前にWoodstockのDVDを娘に見せたところ、娘の心を捕らえたのはJimiではなくてSlyの方だった。それでも彼女は、Jimi Hendrix の”The Star Spangled Banner”のギターの音色は「すすり泣くような切ない音だ」という印象を持ったらしい。確かに、あのJimiの音色は、いつもの吼えるような音色ではなく、すすり泣くように聴こえるのは、私の勝手な思い込みだけではないような気がする。

事件の後のアメリカの世論が概ね報復攻撃を支持していたことも記憶に新しい。
一部知識人(移民系の知識人が多かったように思うのだがそれは思い込み?)が、報復行為への警鐘を声を大にしていたのだが、国中を覆う怒りの感情にかき消された格好だった。映像の衝撃力は言葉のメッセージの1000倍のスピードで伝播する、なんて感じたりした。
事件の質が全く違うので、並べるのは不謹慎かもしれないが、サッカーW杯の決勝戦でのジダンの頭突き事件のとき、フランスの世論がジダンに対して概ね同情的で、一部には賞賛する向きさえあったのには驚くというより呆れたものだった。スター選手であることを省みず「やられたらやり返す」のは、とても勇気ある行動だ、とのこと。

それにしても、平和ボケのニホン人の能天気。悲しむべきか、喜ぶべきか私にはわからない。

Woodstock-dx.jpg
posted by BustaCat at 21:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月20日

TOPのおもちゃ

トップ・ページにおもちゃをつけてみました。
mixiにもあるけど、PCで聴いた曲を勝手に集計して表示してくれるというもの。

私の場合、下手な日記を書くよりよほど日記の役目を果たすと思う(笑
posted by BustaCat at 22:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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